in the mountain vol.2

アパラチアン・トレイル(AT)の旅

ニューヨーク市内から北へ、ハーレム・ラインの電車に揺られること約2時間半。小さな無人駅『Appalachian Trail Station』に到着した。駅に降り立った瞬間、頬をなでる澄んだ空気に、思わず深呼吸した。

目の前には、アパラチアン・トレイル(AT)へと続くなだらかな丘陵の景色。同じ駅で降りた犬連れのカップルはDAYハイキングに向かう途中で、「Have a Nice Day!」「Enjoy the Trail!」と挨拶を交わし歩き出す。そんな気持ちいい朝から旅は始まった。

2025年8月上旬。

これは、ディレクター・作家の上出遼平とフリーアナウンサーの大橋未歩、写真家の阿部裕介と沙織。

2組の家族がニューヨーク州からコネチカット州まで、アパラチアントレイルの一部(セクション)約80kmを歩いた5日間の記録。

最終日の夜に4人で旅を振り返ったとき、「何が一番楽しかった?」「…全部!」と笑い合った。「身体もやっと慣れてきたし、まだまだ歩けそうだね。」何気ない会話と思い出の写真が、今も旅の記憶を鮮やかに蘇らせてくれる。

個性的なハイカーたちとの出会い

オークやメープル、ホワイトパインなど、落葉広葉樹が多く茂るアパラチアンの森の中は、木漏れ日が柔らかく道を照らしていた。時折、白いラインが描かれた木々を道標に、一歩一歩、進んでいく。トレイルでは、個性豊かなハイカーたちとの思いがけない出会いが待っていた。

山の画像

Day.1

初日はAppalachian Trail Stationから16km。辿り着いたのはTen Mile River Shelterというテントサイト。この日は、NYのハイカークラブに所属する "Puma”、スルーハイカーの“Sevens”、オーストラリアから旅行中のカップルと出会った。夜は、ブルックリンに住む友人が営むパティスリー〈Burrow〉のパウンドケーキと、日本から持参した虎ノ門蒸留所の〈Hiker’s Gin〉をみんなで味わう。大きな丸太に横並びに座って交わす会話と笑い声に包まれた、忘れ難い最高の夜だった。

阿部:出会ったハイカー全員がそれぞれのスタイルや個性を持っていたのは想像以上だったなぁ。歩き方も装備も考え方も皆違うから、出会うたびに新鮮で、旅がますます面白くなるね。

未歩:ハイカー同士、年齢も人種も国籍も関係なく、一瞬で仲間意識が芽生える感じがすごく楽しかった。高校を卒業したばかりの男の子や88歳のおじいちゃん、子育てや仕事のリタイア後に山に戻ってきた女性にも出会ったね。

沙織:女性たちも皆タフで、重い荷物を背負いながらも軽やかに歩く姿はカッコよかったなぁ。

未歩:年を重ねても山を楽しめるのって、本当に素敵だなって思った。

上出:歩くだけだからね。歩くこと自体シンプルだし、誰にでも開かれたアクティビティで、世界には無限に道があるわけだから、これは尽きることがないよね。

Day.2

2日目はTen Mile River Shelterから15km歩き、可愛らしい町・KENTへ。スーパーマーケット「IGA」で食料を買い足し、衣類を洗濯。宿のオーナーが営むレストランでは、ジューシーなポークチョップや焼きたてのピザに舌鼓。温かいシャワーとベッドのありがたさを噛みしめながら、深い眠りに落ちた。心身ともにリカバリーできた、至福の1日。

山の画像

Day.3

3日目はKENTからさらに北へ17km歩く。川沿いの道では、のんびり連なって泳ぐ水鳥や、ジャンピングマウスなど、野生の生き物たちにも出会った。Silver Hillのキャンプサイトでは、先に到着した青年“Party Girl”から、間近で熊に遭遇したという衝撃の情報が。食料をしっかりとBEAR BOXにしまい込み、少し不安を抱えつつ、キツツキの音をBGMに眠りについた。

ロングトレイルで見つけたそれぞれの景色

上出:さおりんごはこんなに長い山歩きは初だったと思うんですが、どうでした?不安はなかったですか?

沙織:未知だったけれど、とにかくみんなに付いていこうと(笑)川の水を浄水して飲むのもキャンプしながら歩くのも初めてだったので、全てが新鮮でした。みんなで休憩する何気ない時間もすごく楽しかったです。でも、荷物を背負うのに慣れてなかったので体力的には大変で…重量を軽くすることの大事さを痛感しました…。

阿部:出発前は、「1週間分の水を持って行く」とか言ってたもんね(笑)

沙織:みほさんは余裕で歩いていたから、この旅の中でずっと、みほさんはすごく体力があるんだなって思ってました!

阿部:みほさんの足取りがずっと軽くて、足捌きがきれいだったね。

上出:途中から「荷物もっと持たせろ」ってずっと言われてた。

未歩:山の中でノリやすい曲を、あべべが歌ってくれたんだよね(笑)あと、私は今回初めてローカットの靴(Altra × and wander Lone Peak 9+)を履いたんだけど、軽くてびっくりした。いつも靴に足の爪が当たって痛い思いをしてきたんだけど、今回はそれが全くなくて。指先が自由で、ソールのグリップ力もあって自分の足のように靴が操作できた感覚。地面を的確に捉えられるというか。

沙織:毎日15~18km歩いても疲れにくかったのは、この靴のおかげでしたね。

阿部:水場でも全く滑らなかったし、すぐに乾いて履きやすかったね。あの川はほんと気持ちよかった。今回の旅のハイライトは、上出さんの川だな。

上出:あれは本当に気持ちよかったな〜。あんなに入っていられる川は今までなかった。適温で最高だった。

Day.4

4日目は、Silver HillからPine Swamp Brook Shelterまで16kmの森を歩く。この日は透き通った小川に出くわした。「わぁ、気持ちいい!」と、水に触れたみほさんと阿部の笑顔が弾ける。足先を浸すと、冷たい水の心地よさが体中に広がった。振り返ると、上出さんが全身を水に委ね、ゆったりと浮かんでいる。あまりの気持ちよさに全員がしばしリフレッシュした後、再び歩き始めた。高台の絶景スポットや88歳のDAYハイカーにも出会った。夜は「もうすぐ旅が終わっちゃう…」としみじみ語る時間も。

山の画像

Day.5

5日目はPine Swamp Brook Shelterから15km歩き、Falls Villege手前のMountain Side Caféへ。トレイルの終わりを惜しむ阿部はいつも以上に声を弾ませ歌っていた。Caféでは、冷えたビールとレモネードで乾杯!道中出会った“Cole Slow”とも再会し、タクシーの手配を助けてもらった。遠くから迎えに来てくれたドライバーの女性も素敵な人で、興味津々に私たちのトレイルの話を聞いてくれた。 夜は4人でこの旅を振り返った。

白の帽子と赤のアウターを着ている人の画像

誰にでも開かれているアパラチアン・トレイル(AT)
それを支えるアメリカのハイカー文化

未歩:私たちが楽しんで歩いているだけなのに、尊敬して、「頑張れ!」って応援してくれる人がたくさんいたのにも感動したね。

沙織:車から手を振ってくれる人もいましたね。トレイルの途中で、小さな町に立ち寄れたのもいい思い出。

上出: 2日目に泊まったKENTでは、宿でチェックインしようとしたらハイカー割引があってびっくり。「お前らハイカーだろ、20%OFFだ」って。道ですれ違う人も気さくに話しかけてくれるし、こういう一つ一つのやり取りが嬉しいよね。

阿部:写真家目線でも、写真撮り放題で最高だった。

未歩:前にJMT(John Muir Trail)に行った時は、登山計画書や入山規制があったけど、ATは本当に開かれてると感じた。登山道の整備も細かに手入れが行き届いていて、感動したなぁ。

上出:シェルターや山道でゴミも全然見なかったし、みんなのモラルを感じるよね。ATは急に思い立って行かなきゃ!って、計画せずにロングトレイルを歩くような人たちにも開かれているね。

旅を終えた数日後、阿部裕介は実際、再びATの別ルートであるベア・マウンテン(Bear Mountain)の森の中へと旅立った。誰も止められない、ロングトレイルの魅力―――靴紐を結んだら、次はどこの山へ行こう?

上出遼平

東京都生まれ。映像作品に『ハイパーハードボイルドグルメリポート(テレビ東京、U-NEXT)』『TRAIL 地球イチ美味い酒を求めて(YouTube)』、書籍に『ハイパーハードボイルドグルメリポート(朝日新聞出版)』『歩山録(講談社)』『ありえない仕事術(徳間書店)』『MIDNIGHT PIZZA CLUB(講談社)』、ポッドキャスト作品に『ハイパーハードボイルドグルメリポート NO VISION』『上出遼平 NY御馳走帳』『UNCOVER 新章 未解決事件現地調査』『BAD PHARMACY』など。

大橋未歩

フリーアナウンサー。兵庫県須磨アルプスの麓で生まれる。幼少期は遊び場として山に親しんでいたが、上京後はしばらく山から遠のく。夫上出遼平との新婚旅行でジョン・ミューア・トレイルに行ったことをきっかけに山と再会。以降、ニュージーランドのタラナキ山を一周したりペルーの遺跡の間を歩いたり、山歩(さんぽ)が好き。
instagram: @o_solemiho815

阿部裕介

1989年東京生まれ。写真家。青山学院大学経営学部修了。大学在学中より、アジア、ヨーロッパを旅する。在学中、旅で得た情報を頼りに、ネパール大地震による被災地支援(2015年)、女性強制労働問題「ライ麦畑に囲まれて」、パキスタンの辺境に住む人々の普遍的な生活「清く美しく、そして強く」を対象に撮影。日本では、家族写真のシリーズ「ある家族」がある。最近はMPC(MIDNIGHT PIZZA CLUB)としても活動中。趣味はテニスとカラオケ。
Instagram:@abe_yusuke

沙織

編集者。セレクトショップでの販売・バイヤーを経て、2018年よりWebメディアで企画・編集を担当。省庁や自治体と協働し、日本の文化や自然、暮らしやものづくりを取材。子供の頃から自然の中での遊びが好きで、登山好きな父に連れられ尾瀬や槍ヶ岳、霧島登山、学生時代に留学先シアトルでレーニア山ハイキング、キルギスではホーストレッキングを体験。音楽と旅が好き。