

昨年の夏、アイスランドとノルウェーのトレイルを約1ヶ月かけて歩いた写真家の根本絵梨子さんとモデルの道木マヤさん。
衣食住、すべての道具を背負って自然の中を歩き、過ごした経験は、ふたりにどんな新しい世界を見せてくれたのだろう。

「行ってみたい!」から始まった冒険。
山や自然をテーマに作品を発表することをライフワークとする写真家の根本絵梨子さん。これまで国内外の多くの山を旅し、そこで出会った風景や人々をカメラに収めてきた。
「10年くらい前からずっとアイスランドのトレイルを歩いてみたいと思い続けてきて、山仲間だった“マヤミチ”に声をかけてみたんです。それでようやく昨年の夏に実現することができました。」(根本)
“マヤミチ”とは、モデルの道木マヤさんのこと。2年ほど前から登山を始め、山の先輩である根本さんに色々教えてもらいながら、登山の経験を積んできた。
とはいえ、一番長く歩いたのは3泊4日の北アルプス縦走で、海外のロングトレイルは未経験だったそう。
「国内の登山は山小屋泊だったので、テントなど重い荷物を背負って歩いたこともないですし、長い距離を歩けるかどうかもわからない。不安を挙げたらキリがなかったのですが、根本さんから『行かない?』って聞かれたとき、瞬時に『行きたい!』って答えていました。
登山を始めてから、歩けば歩くほど新しい風景に出会えるんだという喜びを知って、とにかく見たことのない景色を見てみたいと強く思ったんです」(道木)


自分の足で歩いたからこそ感じた、地球の鼓動。
ふたりにとって忘れられない風景となったのが、アイスランドで歩いたロングトレイルロイガーウェーグル(Laugavegur)だった。
「ここはアイスランドでも有名なロングトレイルで、南西部にあるランドマンナロイガル(Landmannalaugar)から南部のソルスモスク(Þórsmörk)まで約55kmのルートです。途中には今も活動する火山や欧州最大の氷河があって、アイスランドらしい風景が見られるトレイルとして知られています。最初に歩いたホットンストランディルは火山帯ではなかったので、また違った景色を見られるかなと期待していました」(根本)


ランドマンナロイガルからソルスモスクへ、標高が下がっていくルートを取るのが一般的だが、ふたりはあえて逆ルートを選択した。
「ランドマンナロイガルには天然の温泉が湧いていると根本さんに聞いて、それは絶対入りたい!と。過酷さが増すことはわかっていましたが、3泊4日歩いた後に入る温泉に変えられるものはないよねって。最初のトレイルではヘトヘトでしたが、だんだん体も慣れてきて、テント泊の要領もわかってきたので、挑戦するパワーが湧いてきました」(道木)


1日に歩く距離は平均15km。それぞれ20kgほどの荷物を背負った。氷河から流れ出る冷たい川を素足で渡り、雨にも降られた。それでも、次第にダイナミックな火山帯が見えてくると、疲れは吹き飛んだ。
「黒々とした大地に、噴煙をあげる火山。植物の気配がほとんどない荒涼した大地が広がっていて、それを削り取るようにして巨大な氷河がある。ここは地球なのか、火星なのか、月なのか……。これまで見たことのない風景の連続で、少し歩くたびにふたりで大感動していました。雨が降ったり、またすぐ晴れて虹が出たり、コロコロ変わる不安定な天気も、より多様な景色を見せてくれました」(根本)


地球の鼓動をダイレクトに感じる日々。その大地を踏みしめて、一歩ずつ歩くからこそ、わかるものがたくさんあった。
「歩く少し先に氷河から流れ出る小さな川があって、水が澄んでいて、すごく綺麗だね、あそこなら流れも緩やかだし、渡れるねって話していたのに、雨が降るといっぺんに増水して、ものすごい濁流に変わったんです。そんな体験をするうちに、地球は生きているんだなって肌身で感じるようになりました。荒々しい自然の姿を見て怖いと思う気持ちも、すごく大切で貴重だったなと今は思います」(道木)


情報ではなく、直感で旅することで見える世界。
4日間の山旅で、ふたりが一番胸打たれたのが、「色の変化」だった。
「4日目あたりになると、明らかに周囲の風景、とくに色に変化が生まれたんです。それまでは山も黒っぽい色だったのが、地質や植生、気候の違いのせいか、だんだんと赤茶けた山肌が見えてきたり、みずみずしい緑の苔が出てきたり。温泉の硫黄成分のせいなのか、黄色っぽい岩があったり。とにかく黒一色の世界からだんだんカラフルな世界へ入っていくようなワクワク感があって、その変化が一番テンションが上がりましたね」(道木)


ゴールの温泉を理由に逆ルートをとったが、それが思わぬ幸運となった。
「もし一般的なルート選んでいたら、最初がカラフルで、だんだん色が減っていくという感じになっていたので、本当に逆ルートにしてよかったと思いました。私はいつもあまり旅先のことを入念に調べないんです。リサーチが苦手ということもあるのですが(笑)、事前に計画しても予定通りに行かずに落胆することもあるし、初めての場所なら何があるかなんて行ってみないとわからない。自分の目や直感を信じて動くと、思ってもみなかった出会いや発見がある。その時の感動や、心躍る気持ちが何より好きだし、大切にしたいから」(根本)


4日目、ゴールのランドマンナロイガルに着き、温泉に飛び込んだ。
「大変なこともあったけど、ちゃんと歩けたし、山旅を心から楽しめた。それがものすごく自信になりましたし、もっともっと見たことのない風景を見てみたいという思いが湧いてきました。自然の只中に身を置いて、ただA地点からB地点へと移動することだけに意識を集中させる日々。考え方や感じ方が究極にシンプルに、研ぎ澄まされていって、だからこそダイレクトに自然を味わうことができたんだと思います。それはロングトレイルだからこそできたことなんじゃないかな」(道木)

念願だったアイスランドを歩いた根本さんには、また新しい夢が生まれた。
「思ってもみなかったカラフルな風景に出会って、今度は逆に冬のアイスランドを訪れてみたくなりました。一面雪に覆われた大地、そこにそびえる黒々とした火山。モノトーンで静寂に包まれた風景を見た時、どんなふうに感じるのか。それを知りたくなってきました」(根本)
ひとつひとつのトレイルにゴールはあっても、ふたりの旅には終着点はない。山旅を通して出会った風景や、それまで知らなかった自分。それらはまた、新たな好奇心を連れてくる。そうやって、ふたりの旅は長く、終わることなく続いていく。
根本絵梨子 Eriko Nemoto
写真家。 2012年富山大学芸術部科学部在学中にオーストラリアに留学し、写真を学ぶ。 大学卒業後、代官山スタジオ勤務。 2016年よりフリーランスの写真家として雑誌や広告などで活動する。ファッションやポートレートなど他分野で活躍する傍ら、山や自然をテーマに作品を発表し続ける。
ニュージーランドの山々を歩いて出会った氷河の写真をプリントしたTシャツを発売中。
Instagram : @neeemooo
道木マヤ Maya Michiki
モデル。ニュージーランド人の父と日本人の母のもとに生まれる。2014年、モデルとしての活動を開始。雑誌やカタログでモデルをする傍ら、写真、グラフィックデザインなどアーティスト活動を行う。10代の頃に独学で写真術を学び、ファッションや旅をテーマに作品を発表している。
Instagram : @mayamichi
